2013年7月19日金曜日

魔女修行 その2

休みの間に、化粧水、クリーム、シャンプーとヘアーリンスを作ってみました。

左から薔薇のポプリ、ラベンダーウォーター、ローズウォーター、ラベンダークリーム。
作り方

1.ローズウォーター (化粧水)
薔薇の花 1カップに対し、ウォッカ1/4カップを加え、暗いところに一週間ほど置く。
その後は、色の濃いビンに漉して使う。

2.ラベンダーウォーター
ラベンダー(生、または乾燥) 2カップに対し、沸騰させた蒸留水600mlを入れる。ウォッカ60mlとラベンダーのエッセンシャルオイルを数滴入れ、日当たりのよいところで1週間ほど置く。

3.ラベンダークリーム
市販のベビー用などの保存料の使用されていないお肌のクリーム(100ml)に、ラベンダーウォーターを大さじ1入れ、ラベンダーのエッセンシャルオイル数滴を加える。

4.ローズマリーのシャンプー
ローズマリー(6枝)と干し昆布(1枚)を水(3カップ)に入れ、20分ほど煎液を作る。それを漉して、粉末石鹸(または、細かくした石鹸)大さじ4入れ、仕上げに、ローズマリーエッセンシャルオイルを入れる。

5.ヘアーリンス
乾燥した髪用
セージ、パセリを10分ほど煎じ、冷えたら漉して、ビンに入れる。
薄めずそのまま洗面器に入れ、髪にかけ、そのまま洗いながさずに乾かす。

薔薇の花をウォッカに浸したところ。

薔薇の化粧水だけでなく、薔薇の花をウォッカと砂糖に浸すだけで、おいしいお酒もできます。
薔薇は、どんなお肌にも適していて、薫りもよく、老化を防ぐといわれてます。


 そして・・酵母に挑戦!

酵母の作り方もとても簡単。果物、野菜を沸騰した水を冷ましたものに入れ、砂糖を加えるだけ。
その後は、水を加え、少し振りつつ様子見。
多分、この後泡が出てきて発酵開始するはず・・・・。続く?
今日から、酵母を作ってみます!♪



2013年7月16日火曜日

Buxheimer Orgelbuch , Lochamer Liederbuch講習会

先週は、Buxheimer Orgelbuch, Lochamer Liederbuchの講習会がHalleで行われた。
レベッカ・シュツワートの弟子、Martin Erhardtと、Milo MachoverによるCantus modaliswoche
今回で5回目だそうだ。私は今回2回目の参加で、ドイツの15世紀の音楽には
大変興味があったので,とても楽しみにしていた。





Buxheimer-Orgelbuchのオリジナル譜は、とても特殊で、TenorとContratenorが、アルファベットで
書かれている。Discantusの旋律は、Cーschluesselで書かれており、5線譜ならぬ、7線譜(!)で書かれている。音符の読み方も、少し特殊なので慣れるまでに時間がかかる。
トリルは、音符の下に向かって線が引かれていて、(4をさかさまに書いたような形)
トリルの入れ方も、主音を保音させたまま、ひとつ下の音を連打させる特殊な形。
#やbは、Discantusは、音符に下線があり、TenorとContratenorの場合、ff=fis, cf=cis
といった書き方がされている。
Buxheimer orgelbuch "Der Winter will hin weichen"

また、私たちが今回メインとなったのは、Buxや、LochのTenorを基に、即興をする、といったことだ。簡単に説明をすると、Tenorに対して、Discantusは、6度のパラレル。
Contratenorは、Tenorに対して、3度、5度・・・(または5度3度。曲によって、どちらが和声に合うか試す)の繰り返し。
Discantusは、6度の進行を基に、メロディーを作曲する。
(この方法は、あらゆる時代の曲の即興にも使える)

D  666666
T
C  353535(または 535353)

即興にあたり、注意したいのは、16世紀のDiminutionと混合しやすいことで、それらの違いはBuxheimerには、3度の飛躍がみられることや、また、符点音符の使用も、よく見られる。
とにかく、buxheimerの曲に多く親しみ、その時代に没頭しなければ、即興は難しいと思った。

Contratenorが、3度の場合は、フォーブルドン、Fauxbourdon(偽りの低音)といって、
ブルゴーニュ楽派の作曲家たちによって中世後期から
ルネッサンス初期にかけて用いられた和声法。

Buxheimer orgelbuch(1460-1470年)
オリジナル譜と、編曲合わせて、256曲収められている。
作曲家の大半は、名無しだが、ジョン・ダイイスタブル、ギョーム・デュファイ、ジル・バンショワ、ウォルター・フライ、コンラート・パウマン。バウムガルトナーなどの曲が収められている。

オルガンで弾くケースが多いが、当時は、ポルタティーフや、リコーダ―で上声部を弾き、下声部はフィドルや、リュート、または、テノールを歌うこともできる。
そういった、アンサンブルとしての良さもあるが、ポルタティーフは、オルガンを超えた、
器楽ではなく、吹楽器としての、微妙な音のニュアンスは、音色といった魅力が伺える。


Lochamer Liederbuch

楽譜
http://imslp.org/wiki/Lochamer-Liederbuch_(Paumann,_Conrad)

Lochamer Liederbuchは、93ページにわたる、50曲ほどの3声でかかれた
コンラート・パウマンらによって作曲された曲である。
ここには、歌詞がかかれており、ドイツ語というよりも、オーストリア訛りといった感じの
言葉がそのままの形で残されている。Ein Vrouleen edel von naturenは、ドイツ語というよりは、
オランダ語訛りが強い。
それぞれ、世俗曲特有の、恋の歌は、ユーモラスなメロディーや歌詞のものも多く、
コメディーや、喜劇的なものが多い。

たとえば、"Mir ist mein pferd vernagellt gar"(Loch28, p.28)は
ある馬の話で、主人が馬のひづめを、間違えて取り付けた為、馬の脚は
悪くなる一方。主人は原因がわからなかったため、馬を新しい、雌馬と交換する。
そこで、その雌馬との恋が始まる・・・というようなお話。

その他にも"All mein gedencken dy ich hab"(Loch10 p、10)や、
"Der Wallt hat sich entlawbet"(Loch 16, p.16/17)は、男女の恋の駆け引きなどが
美しく綴られている。







2013年5月30日木曜日

メタモルフォーゼ ~次なる脱皮へ~

皆様 お久しぶりです。
大学院の卒業が間近に迫り、今の心境を綴ろうと思います。
お世話になった皆様にも、この場で感謝しつつ・・・。

このブレーメンでの2年間、あっと言う間のようで内容はぎっしり詰まったものでした。
最初は、合格はしたものの、学席が大学側の手違いで、なかなかもらえず、
ザルツブルグの大学を受験し、そちらで学生を続けていましたが、
ブレーメンの大学の席がもらえたので、ブレーメンに引っ越すことになりました。

でも、このようなきっかけがあったからこそ、Vittorio Ghielmi、Hille Perl の両方から
指導を受けることができました。この二人から得たものは
今まで以上に大きなものでした。二人は両極端な音楽家ですが、
私に欠けていたものを補うことができた、どうしても、越えていかなければ
ならなかった、出会うべくして出会った先生だったのだと、思います。

初めの一年は、コンクールのことだけを考え、必死で取り組みました。
この年になっても、まだ学生をしている自分へのみじめさや、大学を卒業してから
味わった、自分への空虚さ。今まで自分は成長できなかった。
何も手にいれてこなかったような気がして、焦りを感じました。
コンクールは、私にとって、文字通り 自分への挑戦。自分の戦いでした。
自分への自信を持つこと。それが最大なテーマでした。


結果的に、賞を頂いたものの、
結局、それは自分しか見えていなかっただけなのかもしれません。
コンクールを終え、卒業試験の準備をしつつ、完全帰国しようか、
自分の中で決着がつかず、迷っていた頃、
自分ではっきりとわかったことがありました。
自分が今まで、感動してやまなかったもの、
これからも一緒に演奏していきたい仲間、
そして、これから学んでいきたいこと。
私の目の前に、現れたひとつの形。
それは、卒業後も、ドイツに残りたいという気持ちでした。

音楽は、愛という形にメタモルフォーゼして、その続く道に歩めるように導き、
そして、自分の足で立てるように、一歩ずつアヒルの歩みのように
進んでいこうと思います。
どこにいようが、音楽とともにいる限り、私は天と地を繋ぐ、スピリチュアルな
世界とつながり、また、世界中のどんな人とも心通じ合うことのできる
素晴らしい瞬間を、味わうことができることを、何よりも感謝しています。




2013年4月23日火曜日

ルネッサンスダンス

先週末、ドイツのハレでルネッサンスダンスの講習会に参加しました。
音楽のクラスと、ダンスのクラスに分かれ、1日だけだったが盛り沢山のプログラム!
朝10時に、続々と教会の施設に集まりそれぞれのコースに分かれ、練習します。


 私は今回は、音楽に専念し、ダンスは少しだけ踊りました。
主に、ルネッサンスのダンスといえば、パヴァ―ヌ、ガリヤルド、ジーグなど。
曲はすべて、即興演奏も試みるといった、豪華なバリエーションに富むものでした。



 中でも、面白かったのは、パントマイムの披露。
ちょっとした、短い劇は、見事でした。
内容は、ある貴婦人に、貧しい男性が恋をする話。なんとか彼女を振り向かせようと、
ダンスを勉強します。そして、一緒にデートをし、ハッピーエンド。

 ダンスの合間には、豪勢な食事が。
しかも、シェフによるルネッサンス様式のお食事。
教会には、オーブンがなかったため、ちょっとしたアクシデントもあったそうです。
でも、とってもおいしかった。ローズマリーなど、ハーブがたくさん料理には使われていました。

今回、この講習会で、思いがけない出会いがありました。
それは、食事の写真の真ん中に写っているおばあさん。

彼女は現在82歳のウルズラおばあさん。とってもパワフルなお方です。
その彼女は、実は、77歳のころからあるとっておきなことを始めたそうです。

それは・・・ こどものための、朗読会。
自分のお庭に、小さな小屋を幾つも建てて、小さな子どもたちを集めて、
お話しを聴かせる、といったものです。
もちろん、あかずきんちゃんの衣装や、白雪姫の衣装も、自分たちで作って。
この日の彼女のドレスも、手作りだそうです。

彼女曰く、「最近の子供たちは、コンピューターや、ゲーム、テレビなど、
あらゆる機械的なものに支配されて、想像力が乏しくなってきているのよ。
それだけじゃなくて、子供の両親たちも、子供たちと一緒にいる時間は短くなっているわ。
子供たちは、お金じゃない、親からの愛情が必要なのよ!」と、私に力説していました。

彼女は以前から、朗読だけではなく、ルネッサンスダンスや、ルネッサンス音楽も、
一緒に取り入れて、子供たちの感性を育てる努力をしてきました。
子供たちのための朗読者を育てるアカデミーまで設立するほどの頑張り。

私は、この日、私がこれからするべき何かが見えた気がしました。
子供たちのために、ウルズラさんのようなことが、これから自分でもできたらいいのに。
と、思いました。


2013年4月10日水曜日

ヨハネ受難曲とWolfgangさん

                                          wolfgangさん
                                                Aubazine(フランス)


                  泊ったホテル
                         
                        パリ公演のチラシ!


                       ノートルダム



ヨハネ受難曲の演奏会で、去年と今年、ブレーメン、フランスのAubazineとパリで演奏をした時の指揮者のWolfgang Helbichさんが70歳の年で亡くなった。 
彼はberlinの指揮者、ブレーメンのDomchorの指揮者、そして、Rathschorの指揮者として、長年にわたり勤めてきた有名な方だった。 
http://de.wikipedia.org/wiki/Wolfgang_Helbich_(Kirchenmusiker) 

4月8日は、ちょうど彼の誕生日だった。 
あまりにも、急なことだったので、言葉にならないほど驚いた。 
きっと何人もの人が彼の死を悲しんだことだろう。 

つい先月、私は、Wolfgangさんの指揮でバッハのヨハネ受難曲を弾いたばかりだった。 
彼は、特にバッハをこよなく愛していて、本番中、コラールでは涙を流していた。 
適切で細やかな指導は、これまで受難曲を弾いた中でも一番素晴らしく、 
今年も一緒に演奏ができることが、とても楽しみだった。 

ヨハネ受難曲には、ガンバとアルトの” Es ist vollbracht ”成し遂げられた のアリアがある。 

Nr.30 Arie - Alt 第 30 曲 アリア (アルト) 
Es ist vollbracht ! 成し遂げられた! 
O Trost vor die gekrankten Seelen ! 病める魂に慰めあれ! 
Die Trauernacht 悲しみの夜は、 
Last nun die letzten Stunde zählen. まもなく終わろうとしている。 
Der Held aus Juda siegt mit Macht ユダの国より出た勇士は堂々たる勝利を治め、 
Und schliest den Kampf. 戦いを終えられた。 
Es ist vollbracht ! 成し遂げられた! 

この曲は、何度弾いても、なかなか気持ちが込められずにいて、 
難しい曲だった。でも、今回、彼の指導を受けて、自分なりに初めてうまく弾けたと思った。 

彼は最後、私に 「君は本当に素晴らしいガンバ弾きだ。演奏も的確で、ヒレパールも、 
さぞ、君を誇りに思うだろう。」とおっしゃった。 

そして、彼は何よりも、「沈黙」を大事にしていた。 
音と音の間にも、とても気を遣っているのがわかった。 
沈黙ほど、語るものは無い。ということも、教えてくれた。 

特に、ヨハネ受難曲の最後のコラールは、私にとってこれから忘れられない曲となるだろう。 
なぜなら、彼が、何度も演奏会中に涙を流していたから。 
きっと彼は天に召され、安らかに眠ることだろう。 

Nr.39 Chor 第 39 曲 合唱 
Ruht wohl, ihr heiligen Gebeine, 安らかに眠ってください、聖なる骸よ、 
Die ich nun weiter nicht beweine, わたしはもはや、嘆き悲しむことをいたしません。 
Ruht wohl und bringt auch mich zur Ruh! 安らかに眠り、わたしをも安息に導いて下さい! 
Das Grab, so euch bestimmet ist あなたのために定められこのお墓は、 
Und ferner keine Not umschließt, もはやいかなる苦しみにも襲われることはありません。 
Macht mir den Himmel auf それは天国の扉を開き 
und schließt die Hölle zu. 地獄への道を閉ざすのです。 

2013年4月6日土曜日

無題


私の周りでは、ものすごいことが起きている。
竜巻か台風のようなもので、風が大きく流れてくる。
自分でもよくわからないけれど、今まで自分が理想化してきたことが、
今まさに目の前で現実のものになろうとしている。

それは、音楽という枠を超えて、むしろ愛という形となって大きな変容を遂げようとしている。
でも、それは完全な姿というわけではなく、天界の音楽の前味に過ぎないのであろう。
しかも、このものすごいことは、すでに前から起き始めている。

音楽というひとつの象徴は、深い内側から眠りを覚まし、
もはやそのヴァイブレーションは、調和として宇宙と語るだろう。
しかし、私はただ、それを、この手につかみ取ろうとしてきた。
それは、向こうの方から、私を包み込み、やってくるものだったのだ。
愚かにも、人間はその至福にありながら、それを聴こうともしてこなかった。
ただ、私たちは歩みを止めてはならない。
いつも主を見上げて、へりくだっていなければ。


美の根源はどこから来るのか。
星の光のように、死と生の狭間を生きて
何も語らぬ石に耳を澄ますと聴こえる川のせせらぎの様に
風にただ漂う木の葉と身を任せる鳥の羽
ただ何事も無かったかのようにして息を潜め
鼓動のごとくすべては動いているのだ
声にならない悲痛な叫びも苛立ちも
混沌に飲み込まれるのを待つ
すべてがひとつになる瞬間を
静寂は語り始める

2013年1月31日木曜日

schleswig演奏会



北ドイツSchleswigのGottorfer 城にて 15世紀から17世紀の愛の歌をテーマに1月25日に演奏した。
出演者 Martin Erhardt (オルガン)伊藤美代子(ガンバと中世フィドル)
プログラム
G.Binchois Je loe amours 
G.Dufay, Se la face ay pale 
P.Sandrin, Doulce Memoire, 
C.Rore, Anchorche col partire (Diminutinによる即興)
Monteverdi, Ohime chio cado, Si dolce e il tormento, 
Henry Purcell ,Music for a while

Gottorfer Schloss (landes museum)

                                                  1560年のオルガン
                  内側は修復されているが今でも素晴らしい音色だ。

              
 私は、この手前側の机の上に乗って演奏した。
 下には、礼拝堂がある。



 2段鍵盤の足鍵盤なしのオルガン。ルネッサンス様式のオルガンでこのように今でも
残っているのは珍しいのではないか?




 オルガンの調律の様子。パイプの下側に、鍵盤を押さなくても良いようにボタンがついて
いて、ひとりで調律ができるようになっていた。
ミーントーンの調律。心地のよい3度が教会に響き渡った。


この演奏会の醍醐味は、何よりも即興。
今回私にとっては初めての試みた。

Pierre SandrinのDolce Memoireや、Cipriano de RoreのAnchor che col Partire
のマドリガルに、ヴィオラバスタルダの旋律を即興した。
自分で即興してみて、二つの有名なマドリガルが、たくさんの作曲家たちによって即興
した理由が頷けるほど、この曲は完成度が高い。しかし、この2曲は対照的で、
光と影のような印象を持つように感じた。
Dolce Memoireの歌詞自体が、謎めいていて、特にOr maintenant a perdu son pouvoir,
の訳は、複数の意味に解釈できるなど、 (彼女は力を失ったのか、お金を失う?)
とても不思議な雰囲気を持つイメージがあり、
(また、特にオルティスのDolce Memoireは中~低弦にかけてを主に使用するなど、
故意にそのメランコリーを表現しているとも考えられないか?)
私はQuintvoceでも、この曲の即興を試みたのだが、それは雰囲気の全く違うものとなってしまった。

それに対して、Anchor...の方は、とてもわかりやすい歌詞で、音楽の構成もしっかりと作られて
おり、クライマックスの作りやすい曲であるのだが、
この2つの曲、それぞれに良さがあると思った。

MonteverdiのOhime や、Henry PurcellのMusic for a Whileはそれぞれジャズを思わせるような
バスのテーマに、移調などの多様性に富んだ面白みのある即興が楽しめた。

おまけ

最近読んだ本の中でヘルマン・ヘッセのガラス玉遊戯という本がある。
その中でクネヒトは、音楽名人に出会って、音楽の即興性に目覚めるのだ。
それはまさに私が今試みようとしていることそのものだった・・・。

ガラス玉遊戯とは・・・
音楽と数学にもとづく特殊な符号と式とを用いて、あらゆる学問や芸術の内容を理解したり表現したりするものである。(発明者は、人道主義者で音楽理論家のペロットであり、文学や符号のかわりにガラス玉を用いたため、ガラス玉を用いなくなってからも、この遊戯はガラス玉遊戯と呼ばれている)。これを行なうには、均衡のとれた高度の知性と感性とが必要なため、この遊戯は、神の礼拝と同様に神聖なものと見なされた。