皆様 お久しぶりです。
大学院の卒業が間近に迫り、今の心境を綴ろうと思います。
お世話になった皆様にも、この場で感謝しつつ・・・。
このブレーメンでの2年間、あっと言う間のようで内容はぎっしり詰まったものでした。
最初は、合格はしたものの、学席が大学側の手違いで、なかなかもらえず、
ザルツブルグの大学を受験し、そちらで学生を続けていましたが、
ブレーメンの大学の席がもらえたので、ブレーメンに引っ越すことになりました。
でも、このようなきっかけがあったからこそ、Vittorio Ghielmi、Hille Perl の両方から
指導を受けることができました。この二人から得たものは
今まで以上に大きなものでした。二人は両極端な音楽家ですが、
私に欠けていたものを補うことができた、どうしても、越えていかなければ
ならなかった、出会うべくして出会った先生だったのだと、思います。
初めの一年は、コンクールのことだけを考え、必死で取り組みました。
この年になっても、まだ学生をしている自分へのみじめさや、大学を卒業してから
味わった、自分への空虚さ。今まで自分は成長できなかった。
何も手にいれてこなかったような気がして、焦りを感じました。
コンクールは、私にとって、文字通り 自分への挑戦。自分の戦いでした。
自分への自信を持つこと。それが最大なテーマでした。
結果的に、賞を頂いたものの、
結局、それは自分しか見えていなかっただけなのかもしれません。
コンクールを終え、卒業試験の準備をしつつ、完全帰国しようか、
自分の中で決着がつかず、迷っていた頃、
自分ではっきりとわかったことがありました。
自分が今まで、感動してやまなかったもの、
これからも一緒に演奏していきたい仲間、
そして、これから学んでいきたいこと。
私の目の前に、現れたひとつの形。
それは、卒業後も、ドイツに残りたいという気持ちでした。
音楽は、愛という形にメタモルフォーゼして、その続く道に歩めるように導き、
そして、自分の足で立てるように、一歩ずつアヒルの歩みのように
進んでいこうと思います。
どこにいようが、音楽とともにいる限り、私は天と地を繋ぐ、スピリチュアルな
世界とつながり、また、世界中のどんな人とも心通じ合うことのできる
素晴らしい瞬間を、味わうことができることを、何よりも感謝しています。
2013年5月30日木曜日
2013年4月23日火曜日
ルネッサンスダンス
先週末、ドイツのハレでルネッサンスダンスの講習会に参加しました。
音楽のクラスと、ダンスのクラスに分かれ、1日だけだったが盛り沢山のプログラム!
朝10時に、続々と教会の施設に集まりそれぞれのコースに分かれ、練習します。
私は今回は、音楽に専念し、ダンスは少しだけ踊りました。
主に、ルネッサンスのダンスといえば、パヴァ―ヌ、ガリヤルド、ジーグなど。
曲はすべて、即興演奏も試みるといった、豪華なバリエーションに富むものでした。
中でも、面白かったのは、パントマイムの披露。
ちょっとした、短い劇は、見事でした。
内容は、ある貴婦人に、貧しい男性が恋をする話。なんとか彼女を振り向かせようと、
ダンスを勉強します。そして、一緒にデートをし、ハッピーエンド。
ダンスの合間には、豪勢な食事が。
しかも、シェフによるルネッサンス様式のお食事。
教会には、オーブンがなかったため、ちょっとしたアクシデントもあったそうです。
でも、とってもおいしかった。ローズマリーなど、ハーブがたくさん料理には使われていました。
今回、この講習会で、思いがけない出会いがありました。
それは、食事の写真の真ん中に写っているおばあさん。
彼女は現在82歳のウルズラおばあさん。とってもパワフルなお方です。
その彼女は、実は、77歳のころからあるとっておきなことを始めたそうです。
それは・・・ こどものための、朗読会。
自分のお庭に、小さな小屋を幾つも建てて、小さな子どもたちを集めて、
お話しを聴かせる、といったものです。
もちろん、あかずきんちゃんの衣装や、白雪姫の衣装も、自分たちで作って。
この日の彼女のドレスも、手作りだそうです。
彼女曰く、「最近の子供たちは、コンピューターや、ゲーム、テレビなど、
あらゆる機械的なものに支配されて、想像力が乏しくなってきているのよ。
それだけじゃなくて、子供の両親たちも、子供たちと一緒にいる時間は短くなっているわ。
子供たちは、お金じゃない、親からの愛情が必要なのよ!」と、私に力説していました。
彼女は以前から、朗読だけではなく、ルネッサンスダンスや、ルネッサンス音楽も、
一緒に取り入れて、子供たちの感性を育てる努力をしてきました。
子供たちのための朗読者を育てるアカデミーまで設立するほどの頑張り。
私は、この日、私がこれからするべき何かが見えた気がしました。
子供たちのために、ウルズラさんのようなことが、これから自分でもできたらいいのに。
と、思いました。
音楽のクラスと、ダンスのクラスに分かれ、1日だけだったが盛り沢山のプログラム!
朝10時に、続々と教会の施設に集まりそれぞれのコースに分かれ、練習します。
主に、ルネッサンスのダンスといえば、パヴァ―ヌ、ガリヤルド、ジーグなど。
曲はすべて、即興演奏も試みるといった、豪華なバリエーションに富むものでした。
ちょっとした、短い劇は、見事でした。
内容は、ある貴婦人に、貧しい男性が恋をする話。なんとか彼女を振り向かせようと、
ダンスを勉強します。そして、一緒にデートをし、ハッピーエンド。
ダンスの合間には、豪勢な食事が。
しかも、シェフによるルネッサンス様式のお食事。
教会には、オーブンがなかったため、ちょっとしたアクシデントもあったそうです。
でも、とってもおいしかった。ローズマリーなど、ハーブがたくさん料理には使われていました。
今回、この講習会で、思いがけない出会いがありました。
それは、食事の写真の真ん中に写っているおばあさん。
彼女は現在82歳のウルズラおばあさん。とってもパワフルなお方です。
その彼女は、実は、77歳のころからあるとっておきなことを始めたそうです。
それは・・・ こどものための、朗読会。
自分のお庭に、小さな小屋を幾つも建てて、小さな子どもたちを集めて、
お話しを聴かせる、といったものです。
もちろん、あかずきんちゃんの衣装や、白雪姫の衣装も、自分たちで作って。
この日の彼女のドレスも、手作りだそうです。
彼女曰く、「最近の子供たちは、コンピューターや、ゲーム、テレビなど、
あらゆる機械的なものに支配されて、想像力が乏しくなってきているのよ。
それだけじゃなくて、子供の両親たちも、子供たちと一緒にいる時間は短くなっているわ。
子供たちは、お金じゃない、親からの愛情が必要なのよ!」と、私に力説していました。
彼女は以前から、朗読だけではなく、ルネッサンスダンスや、ルネッサンス音楽も、
一緒に取り入れて、子供たちの感性を育てる努力をしてきました。
子供たちのための朗読者を育てるアカデミーまで設立するほどの頑張り。
私は、この日、私がこれからするべき何かが見えた気がしました。
子供たちのために、ウルズラさんのようなことが、これから自分でもできたらいいのに。
と、思いました。
2013年4月10日水曜日
ヨハネ受難曲とWolfgangさん
wolfgangさん
Aubazine(フランス)
泊ったホテル
パリ公演のチラシ!
ノートルダム
ヨハネ受難曲の演奏会で、去年と今年、ブレーメン、フランスのAubazineとパリで演奏をした時の指揮者のWolfgang Helbichさんが70歳の年で亡くなった。
彼はberlinの指揮者、ブレーメンのDomchorの指揮者、そして、Rathschorの指揮者として、長年にわたり勤めてきた有名な方だった。
http:// de.wiki pedia.o rg/wiki /Wolfga ng_Helb ich_(Kirchenmusiker)
4月8日は、ちょうど彼の誕生日だった。
あまりにも、急なことだったので、言葉にならないほど驚いた。
きっと何人もの人が彼の死を悲しんだことだろう。
つい先月、私は、Wolfgangさんの指揮でバッハのヨハネ受難曲を弾いたばかりだった。
彼は、特にバッハをこよなく愛していて、本番中、コラールでは涙を流していた。
適切で細やかな指導は、これまで受難曲を弾いた中でも一番素晴らしく、
今年も一緒に演奏ができることが、とても楽しみだった。
ヨハネ受難曲には、ガンバとアルトの” Es ist vollbracht ”成し遂げられた のアリアがある。
Nr.30 Arie - Alt 第 30 曲 アリア (アルト)
Es ist vollbracht ! 成し遂げられた!
O Trost vor die gekrankten Seelen ! 病める魂に慰めあれ!
Die Trauernacht 悲しみの夜は、
Last nun die letzten Stunde zählen. まもなく終わろうとしている。
Der Held aus Juda siegt mit Macht ユダの国より出た勇士は堂々たる勝利を治め、
Und schliest den Kampf. 戦いを終えられた。
Es ist vollbracht ! 成し遂げられた!
この曲は、何度弾いても、なかなか気持ちが込められずにいて、
難しい曲だった。でも、今回、彼の指導を受けて、自分なりに初めてうまく弾けたと思った。
彼は最後、私に 「君は本当に素晴らしいガンバ弾きだ。演奏も的確で、ヒレパールも、
さぞ、君を誇りに思うだろう。」とおっしゃった。
そして、彼は何よりも、「沈黙」を大事にしていた。
音と音の間にも、とても気を遣っているのがわかった。
沈黙ほど、語るものは無い。ということも、教えてくれた。
特に、ヨハネ受難曲の最後のコラールは、私にとってこれから忘れられない曲となるだろう。
なぜなら、彼が、何度も演奏会中に涙を流していたから。
きっと彼は天に召され、安らかに眠ることだろう。
Nr.39 Chor 第 39 曲 合唱
Ruht wohl, ihr heiligen Gebeine, 安らかに眠ってください、聖なる骸よ、
Die ich nun weiter nicht beweine, わたしはもはや、嘆き悲しむことをいたしません。
Ruht wohl und bringt auch mich zur Ruh! 安らかに眠り、わたしをも安息に導いて下さい!
Das Grab, so euch bestimmet ist あなたのために定められこのお墓は、
Und ferner keine Not umschließt, もはやいかなる苦しみにも襲われることはありません。
Macht mir den Himmel auf それは天国の扉を開き
und schließt die Hölle zu. 地獄への道を閉ざすのです。
Aubazine(フランス)
泊ったホテル
パリ公演のチラシ!
ノートルダム
ヨハネ受難曲の演奏会で、去年と今年、ブレーメン、フランスのAubazineとパリで演奏をした時の指揮者のWolfgang Helbichさんが70歳の年で亡くなった。
彼はberlinの指揮者、ブレーメンのDomchorの指揮者、そして、Rathschorの指揮者として、長年にわたり勤めてきた有名な方だった。
http://
4月8日は、ちょうど彼の誕生日だった。
あまりにも、急なことだったので、言葉にならないほど驚いた。
きっと何人もの人が彼の死を悲しんだことだろう。
つい先月、私は、Wolfgangさんの指揮でバッハのヨハネ受難曲を弾いたばかりだった。
彼は、特にバッハをこよなく愛していて、本番中、コラールでは涙を流していた。
適切で細やかな指導は、これまで受難曲を弾いた中でも一番素晴らしく、
今年も一緒に演奏ができることが、とても楽しみだった。
ヨハネ受難曲には、ガンバとアルトの” Es ist vollbracht ”成し遂げられた のアリアがある。
Nr.30 Arie - Alt 第 30 曲 アリア (アルト)
Es ist vollbracht ! 成し遂げられた!
O Trost vor die gekrankten Seelen ! 病める魂に慰めあれ!
Die Trauernacht 悲しみの夜は、
Last nun die letzten Stunde zählen. まもなく終わろうとしている。
Der Held aus Juda siegt mit Macht ユダの国より出た勇士は堂々たる勝利を治め、
Und schliest den Kampf. 戦いを終えられた。
Es ist vollbracht ! 成し遂げられた!
この曲は、何度弾いても、なかなか気持ちが込められずにいて、
難しい曲だった。でも、今回、彼の指導を受けて、自分なりに初めてうまく弾けたと思った。
彼は最後、私に 「君は本当に素晴らしいガンバ弾きだ。演奏も的確で、ヒレパールも、
さぞ、君を誇りに思うだろう。」とおっしゃった。
そして、彼は何よりも、「沈黙」を大事にしていた。
音と音の間にも、とても気を遣っているのがわかった。
沈黙ほど、語るものは無い。ということも、教えてくれた。
特に、ヨハネ受難曲の最後のコラールは、私にとってこれから忘れられない曲となるだろう。
なぜなら、彼が、何度も演奏会中に涙を流していたから。
きっと彼は天に召され、安らかに眠ることだろう。
Nr.39 Chor 第 39 曲 合唱
Ruht wohl, ihr heiligen Gebeine, 安らかに眠ってください、聖なる骸よ、
Die ich nun weiter nicht beweine, わたしはもはや、嘆き悲しむことをいたしません。
Ruht wohl und bringt auch mich zur Ruh! 安らかに眠り、わたしをも安息に導いて下さい!
Das Grab, so euch bestimmet ist あなたのために定められこのお墓は、
Und ferner keine Not umschließt, もはやいかなる苦しみにも襲われることはありません。
Macht mir den Himmel auf それは天国の扉を開き
und schließt die Hölle zu. 地獄への道を閉ざすのです。
2013年4月6日土曜日
無題
私の周りでは、ものすごいことが起きている。
竜巻か台風のようなもので、風が大きく流れてくる。
自分でもよくわからないけれど、今まで自分が理想化してきたことが、
今まさに目の前で現実のものになろうとしている。
それは、音楽という枠を超えて、むしろ愛という形となって大きな変容を遂げようとしている。
でも、それは完全な姿というわけではなく、天界の音楽の前味に過ぎないのであろう。
しかも、このものすごいことは、すでに前から起き始めている。
音楽というひとつの象徴は、深い内側から眠りを覚まし、
もはやそのヴァイブレーションは、調和として宇宙と語るだろう。
しかし、私はただ、それを、この手につかみ取ろうとしてきた。
それは、向こうの方から、私を包み込み、やってくるものだったのだ。
愚かにも、人間はその至福にありながら、それを聴こうともしてこなかった。
ただ、私たちは歩みを止めてはならない。
いつも主を見上げて、へりくだっていなければ。
美の根源はどこから来るのか。
星の光のように、死と生の狭間を生きて
何も語らぬ石に耳を澄ますと聴こえる川のせせらぎの様に
風にただ漂う木の葉と身を任せる鳥の羽
ただ何事も無かったかのようにして息を潜め
鼓動のごとくすべては動いているのだ
声にならない悲痛な叫びも苛立ちも
混沌に飲み込まれるのを待つ
すべてがひとつになる瞬間を
静寂は語り始める
2013年1月31日木曜日
schleswig演奏会
北ドイツSchleswigのGottorfer 城にて 15世紀から17世紀の愛の歌をテーマに1月25日に演奏した。
出演者 Martin Erhardt (オルガン)伊藤美代子(ガンバと中世フィドル)
プログラム
G.Bi nchois Je loe amours
G.Dufay, Se la face ay pale
P.Sandrin, Doulce Memoire,
C.Rore, Anchorche col partire (Diminutinによる即興)
Monteverdi, Ohime chio cado, Si dolce e il tormento,
Henry Purcell ,Music for a while
1560年のオルガン
内側は修復されているが今でも素晴らしい音色だ。
私は、この手前側の机の上に乗って演奏した。
下には、礼拝堂がある。
2段鍵盤の足鍵盤なしのオルガン。ルネッサンス様式のオルガンでこのように今でも
残っているのは珍しいのではないか?
オルガンの調律の様子。パイプの下側に、鍵盤を押さなくても良いようにボタンがついて
いて、ひとりで調律ができるようになっていた。
ミーントーンの調律。心地のよい3度が教会に響き渡った。
この演奏会の醍醐味は、何よりも即興。
今回私にとっては初めての試みた。
Pierre SandrinのDolce Memoireや、Cipriano de RoreのAnchor che col Partire
のマドリガルに、ヴィオラバスタルダの旋律を即興した。
自分で即興してみて、二つの有名なマドリガルが、たくさんの作曲家たちによって即興
した理由が頷けるほど、この曲は完成度が高い。しかし、この2曲は対照的で、
光と影のような印象を持つように感じた。
Dolce Memoireの歌詞自体が、謎めいていて、特にOr maintenant a perdu son pouvoir,
の訳は、複数の意味に解釈できるなど、 (彼女は力を失ったのか、お金を失う?)
とても不思議な雰囲気を持つイメージがあり、
(また、特にオルティスのDolce Memoireは中~低弦にかけてを主に使用するなど、
故意にそのメランコリーを表現しているとも考えられないか?)
私はQuintvoceでも、この曲の即興を試みたのだが、それは雰囲気の全く違うものとなってしまった。
それに対して、Anchor...の方は、とてもわかりやすい歌詞で、音楽の構成もしっかりと作られて
おり、クライマックスの作りやすい曲であるのだが、
この2つの曲、それぞれに良さがあると思った。
MonteverdiのOhime や、Henry PurcellのMusic for a Whileはそれぞれジャズを思わせるような
バスのテーマに、移調などの多様性に富んだ面白みのある即興が楽しめた。
おまけ
最近読んだ本の中でヘルマン・ヘッセのガラス玉遊戯という本がある。
その中でクネヒトは、音楽名人に出会って、音楽の即興性に目覚めるのだ。
それはまさに私が今試みようとしていることそのものだった・・・。
ガラス玉遊戯とは・・・
音楽と数学にもとづく特殊な符号と式とを用いて、あらゆる学問や芸術の内容を理解したり表現したりするものである。(発明者は、人道主義者で音楽理論家のペロットであり、文学や符号のかわりにガラス玉を用いたため、ガラス玉を用いなくなってからも、この遊戯はガラス玉遊戯と呼ばれている)。これを行なうには、均衡のとれた高度の知性と感性とが必要なため、この遊戯は、神の礼拝と同様に神聖なものと見なされた。
2012年11月13日火曜日
演奏会予定
11月17.18日場所Duisburg
アンサンブル Schola StralsundensisによるPetitiones cordesの演奏
11月23日 場所Bremen St.Simon Petruskirche
~フリードリヒ2世(プロイセン王)の時代~
C.F.Abel, J.J.Quantz, C.P.E Bach 他
http:// www.fac ebook.c om/even ts/2472 3117540 4597/
12月16日 場所Luetjenburg
クリスマスオラトリオ; Johann Schelle
11月30-12月1日 場所weimar
~Playground 即興演奏フェスティバル~
http:// www.pla yground festiva l.de/in dex.htm l
2013年
1月18日 中世ルネッサンス音楽祭Sens
http:// www.obs idienne .fr/mus ique-me dievale /accuei l.php?c hange_l angue=e n
1月23日 場所Bremen Haus im park
~現代音楽:ビオラダガンバコンソート~
作曲Lee santana
1月25日 場所Schleswig 16時より
~15世紀から17世紀の ”愛の歌”~
ドイツ歌曲、フランスシャンソン、イタリアマドリガル
http:// www.fac ebook.c om/even ts/4948 6065388 1512/
2月22日 場所Den Haag 20時15分より
Schola Stralsundensis
3月10日Hildesheim St.Godehardt 17時より
マルコ受難曲
アンサンブル Schola StralsundensisによるPetitiones cordesの演奏
11月23日 場所Bremen St.Simon Petruskirche
~フリードリヒ2世(プロイセン王)の時代~
C.F.Abel, J.J.Quantz, C.P.E Bach 他
http://
12月16日 場所Luetjenburg
クリスマスオラトリオ; Johann Schelle
11月30-12月1日 場所weimar
~Playground 即興演奏フェスティバル~
http://
2013年
1月18日 中世ルネッサンス音楽祭Sens
http://
1月23日 場所Bremen Haus im park
~現代音楽:ビオラダガンバコンソート~
作曲Lee santana
1月25日 場所Schleswig 16時より
~15世紀から17世紀の ”愛の歌”~
ドイツ歌曲、フランスシャンソン、イタリアマドリガル
http://
2月22日 場所Den Haag 20時15分より
Schola Stralsundensis
3月10日Hildesheim St.Godehardt 17時より
マルコ受難曲
2012年11月7日水曜日
ド根性ガエル空を飛ぶ
今回、バッハ・アーベル国際ビオラダガンバコンクールで賞を頂きました。
独渡してかれこれ、10年経ち やっと芽が出たという感じでしょうか。
ドイツに来たばかりの私は、右も左もわからず、戸惑うばかりで
いろんな方に助けて頂きました。教会関係の方はもちろん、特に日本人の方には
本当にお世話になり、何も恩返しができないままで申し訳ない思いです。
特に今回のコンクールで嬉しかったのは、審査員のパオロ・パンドルフォさんに、
”君は前回のコンクールよりも大きく成長した。しかもとても勇気がある演奏だった。
僕は君を誇りに思う。君のことは、一番最初から知ってるから!”
という言葉でした。
私は彼の前で泣きました。彼もうっすら涙を浮かべていました。
パオロとは、ガンバを始めて半年後に海外に飛び込んだ頃から知り合い、
私の成長を見届けてくれました。
3年前、バッハ・アーベルコンクールを受けて、惜しくもファイナル落ちしたとき、
彼の言葉は、誰の審査員の言葉よりも印象的に残ってます。
”君の演奏は、君から出てきていない”
私はこの3年間で、この意味を自分なりに探ってきました。
自分は人の真似であってはならない。自分の演奏とは何か。そして
ガンバ弾きである前に、日本人として、この楽器を弾く意味は何だろうか。と。
そして、一番自分がコンプレックスとしていた、
自分自身に自信を持つこと。
自分にとって今回のコンクールは、まさに自分との戦いでした。
でも、今回学んだのは
いかに自分を出すのではなく、”いかに音楽に委ねるか”という
ことでした。
まるで水の中で泳ぐ魚のように・・・。
このコンクールを終えて、私は新たにスタートを切った気持ちでいます。
ヒレ・パール先生や、ビットリオ・ギエルミ先生との出会いを通して、
これからも、続けて前に進んでいこうと思っています。
これからも応援よろしくお願いいたします!
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